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鎌倉時代から続く湯けむり貝掛温泉と街道の湯

開湯700年の鎌倉時代から

目に効く秘湯の湯

日常を離れ、癒しの時間を

スキーや山登りの疲れを癒し

道の駅みつまたと隣接

旅人に優しい露天風呂

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街道の湯

三国街道

国道17号線

で露天風呂

効能

神経痛・筋肉痛・痔疾・冷え性など

泉質

アルカリ性(低張性アルカリ性高温泉)

参勤交代の時代から続く宿場町イメージ

かつて江戸と越後を結んだ幹線道路「三国街道」。三俣は、旅人が足を止める宿場町として栄えてきました。 「街道の湯」という名前には、街道を行き交った人々を癒やしてきた歴史と、今も旅人にとって変わらぬ「休息の場」でありたいという想いが込められています。

宿場町の記憶を
受け継ぐ

三俣ロープウェーから歩いて行ける場所がら、夏場は登山客、冬場はスキー客の方に、気軽に立ち寄れる温泉として人気です。露天風呂があるのは町営温泉でここだけなんですよ。 

スキーや登山の
立ち寄り湯に 

三俣共同浴場「街道の湯」は、湯沢町の共同浴場、日帰り温泉「湯沢温泉外湯めぐり」の1つにもなっています。ぜひ湯沢温泉の1つとしてもお楽しみください。

スノボーの後は、ぼちゃ(温泉)いこて

冷えた〜

スキーの後は、ぼちゃ(温泉)いこて

三俣のぼちゃ

いこて〜

こらっしゃいな〜

こらっしゃいにゃ〜

旅の疲れがとれるの〜

昔の男衆も温泉で疲れを癒している

道の駅みつまたに併設

温泉だけでなく、地元新潟の美味しい素材にこだわった食事や、豊富な地酒や工芸品から地場野菜まで、お土産選びも楽しめます。

登山やスキー情報の収集もでき、アウトドアグッズもあるから便利。困ったら、疲れたら、旅人にやさしい道の駅&温泉です。

みつまたの「ぼちゃ(温泉)」といえば、街道の湯がっぺ!

あら、ハイカラね〜

湯上がりにちょっと

​寄っていきましょうよ

昔の女性たちも温泉帰りに立ち寄りたい道の駅みつまた

かぐら・みつまたの宿にご宿泊の方には「街道の湯の特別割引券」があります。宿でもらってくださいね。

​街道の湯

10:00-21:00(最終受付 20:30)

時 間

定休日

利用料

駐車場

火曜日(祝日・年末年始・お盆期間の場合、後日振替え)

大人 600円  こども250円(4才-小学生)障がい者180円 ※回数券(10回): 大人 4800円 こども 2000円

無料

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貝掛温泉

時 間

定休日

利用料

駐車場

11:00-14:00受付終了(15:00ご退館)

不定休。休館日はHPをご確認ください。

大人 1200円 小学生以下半額

無料

​備考

※日帰入浴昼食のご注文は12:00〜13:00までとなります。

※子ども連れのお客様は、HP記載の注意点をご一読ください。

効能

浮力・水圧・温泉質効果・白内障・眼底出血・ドライアイ・眼精疲労・火傷・切り傷・神経痛・腰痛・冷え性・五十肩・病後回復

泉質

ナトリウム・カルシウム

塩化物温泉・弱アルカリ性低張性温泉

無色透明・まろやか

四季折々の彩りに
足を運びたくなる
秘境の地

貝掛温泉

日帰り湯で

開湯700年の歴史
昔から湯治客が集まる貝掛の湯

いいぼちゃや〜

昔の人も貝掛の湯で目を洗う

700年前から

「目に効く温泉」

ですから〜

現代人も貝掛の湯で目を洗う

目に効きますね〜

日本三大「目の温泉」
目を湯で洗う湯治

貝掛温泉の泉質と良く似た市販の目薬が販売されているのも不思議。 ただただ、自然が創り出した「目薬の風呂」です。

白内障・眼底出血・ドライアイにも良い。

◆ 正しい目の洗い方

ぬる湯の湯口から手のひらで湯をすくい、目を大きく開き、湯に浸します。

 

少し慣れたところで、まぶたを閉じて開いてを繰り返し。約1〜2分がオススメです!

一、

 

二、

開湯700年、
秘湯の歴史感じる
たたずまい

貝掛温泉は、上信越高原国立公園内に佇む、一軒宿。

急な「貝掛坂」と狭い「貝掛橋」を渡って着いた先には、源泉かけ流し、源泉を加温した浴槽など、4つの内湯と3つの露天風呂があり、今も湯治客が訪れます。日帰り湯としてもお楽しみいただけ、昼食もいただけます。貝掛松花堂弁当(要予約)や定番メニューのそばやうどんもありますよ。

山と渓流に囲まれた
九千坪の敷地
のれん
鎌倉時代から
受け継がれる秘湯
開湯700年の歴史
みつまたの中心から車で約10分、みつまたの秘湯でタイムスリップ!
貝掛温泉の日帰り湯は昼間だけ
温泉小僧
貝掛の湯の昔の番頭さん

この湯

少し塩味ありて

清し

「貝掛に温泉ありて、少し塩味ありて清し、寒中はぬるくして入り難く。目を患う者多く来りて浴し候」と三俣宿の庄屋安左衛門手記が残る。

昭和10年の大洪水で一旦廃業に陥るが復興。その後、洪水頻発するもさらなる苦難も乗越え、大切に受け継がれ今に至る。

その昔、巡礼の白雲禅師により開湯されたと言われ、戦国時代は上杉謙信公将兵の隠れ湯として、江戸時代からは『目の温泉』として遠路より数多き人々が訪れる。

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